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20代の社会保障のブログ

ニュースで見るけど難しくてよく分からない社会保障を少しだけ噛み砕いていくブログです。若者目線で綴っていきます。

データに基づく医療制度改革

 

このブログではどちらかというと、保険(ファイナンス)の話が多かった気がしますが、今回は医療を供給する側(デリバリー)、病院やクリニックの改革の記事を書いてみたいと思います。

 

まず、日本の医療についてどのような印象をみなさん持っているでしょうか。

保険証があれば日本のどこの病院でも安くて安心して医療を受けられますよね。

他の国ではそういう訳にもいかないところもあるので、これはかなりありがたいことです。

 

一方で課題も指摘されていて、昔から言われている医療改革のテーマは、

 

「病院やクリニックの役割分担をしっかりして、患者さんの容態にあった医療を提供していこう。役割分担をしっかりしたら、各機関が連携して患者さんに対応できるようにしよう」

 

ということです。

 

ちょっと分かりにくくてすみませんが、日本では地域の中に似たような機能をもち、経営主体が異なる大小様々な病院が乱立しています。

 

このため、人材が各病院に散らばっていたり、同じような医療機器が投資されているという非効率な仕組み(CTスキャンの数では世界一です。)となっているのですね。

他の国と比較しても、①病院の数が多い、②入院期間が長い、③一つのベッドに対する医師や看護スタッフさんが少ない、というデータがあります。

 

これを改善して、

・病状が急変した患者さんを主に受け入れる役割

・病状が落ち着いた患者さんをお家に帰れるように支援する役割

・病状は安定しているけど長い期間にわたって継続的な治療が必要な患者さんを受け入れる役割・・・etc

といった役割分担がしっかりでき、適材適所に資源が投入していたら、なんだかもっとよい医療が受けられるような気がしますよね。

 

このような課題は昔からあったそうですが、日本の医療機関の多くは民間主体のものであるため、全体最適な役割分担が達成されているという訳ではありません。行政がこうやれ!といっても、従う義理はないのですよね。

 

また、保険証を持っていれば、軽い体調不良の場合でも、どの病院にでも気軽にいけますよね。

これは日本の医療のいいところですが、大きな病院にそういう人が行くと、高度な医療を提供する病院と患者さんサイドのミスマッチが起きてしまいます。

 

ちょっと具合が悪かったら、その地域のなじみのある町のお医者さん相談にして、重病そうだったら、対応してくれそうな病院を紹介するという方が良さそうです。

 

このように、それぞれの病院やクリニックが役割を明確にして、地域の医療を担っていただければいいのではないか、ということです。

 

この課題に対してこれまでも勿論いろいろな取組がなされてきました。

 

一番大きなものは、診療報酬(シンリョウホウシュウ)による誘導です。

 

国は医療機関が提供するサービスについての公定価格を決めています。

初診料はもちろん、検査や処置に対応した値段がそれぞれ非常に細かく決められており、診療報酬が医療機関の収益に直結する仕組みとなっています。

 

そのため、診療報酬の値付けを変えることによって、政策誘導を行うことができます。

 

リハビリのベッドを増やしたかったら、リハビリのベッドに支払う診療報酬を引き上げます。そうしたらリハビリのベッドが多くあれば病院は儲かると考え、ベッドを増やすかもしれません。

 

あるいは、入院の期間を短くしたいと考えるならば、医療サービスを提供した分だけお金を請求できる方法(出来高払いと言います)をやめて、

入院期間にかかわらず、病気に応じて一人当たりの値段を請求する方法(包括払いと言います。)にすれば、

病院は患者さんに長く入院されては、回転が悪くて儲からないので、早く退院してもらうように促すでしょう。

 

ですが、診療報酬の価格を上げたり、下げたり、、、ということだけでは、最終的なアクションは病院の経営判断によるので意外な副作用が出たり、全国一律に決められているので地域ごとの特性に応じて対応はできなかったりして、限界も指摘されています。

※ 看護婦さんの配置が多いと報酬を高くするとしたら、看護婦さんの奪い合いのようなものが起きましたことも過去あります。

 

そこで現在、新たに推し進められているのは、「データ」に基づく改革です。

 

以前の記事でも少し触れたことがありますが、最近の医療情報はどんどん電子化されてきており、どの病院が、どのような患者さんに対し、どのような治療を行ってきたのかが電子データとして蓄積されてきています。

 

例えばAという地域で脳梗塞で容態が急変した患者さんが、A地域の病院で治療を受けているのか、隣のB地域で治療を受けていることが多いのかが数字で分かります。

 

B地域の病院で治療を受けている場合が多いとすると、脳梗塞の急変に対応する機能がA地域に足りないこと、そのような課題があることが分かりますよね。

今まで定性的な課題であったものが客観化・数値化されるのです。

 

また、そもそもとして、地域に、急性期の患者さんに対応するベッドや、容態が安定している患者さんに対応するベッドの数がいくらあるのかについても、正確に把握する取組が進められています。

 

このように、データに基づいて、今この地域ではどのような病院がどれくらいあって、患者さんはどのような医療を受けているのかが分かってきています。さらに将来人口の推計もあるので、人口構成が変わったりすると、どのような役割を持つベッドが、それぞれどれくらい必要か、ということが見通し始めることが出来ています。

 

これを地域医療構想と呼ばれています。

 

実は昨年度(2016年度)中にすべての都道府県でこの地域医療構想が策定されており、「2025年」の将来像が描かれました。

 

※ ちなみに、2025年はいわゆる団塊の世代(1950年生まれまで)の方々が75歳以上になるので、医療や介護のニーズが高まるターゲットイヤーと広く共有されている年なので覚えておいて損はないと思います。

 

今後は、いよいよこの構想を実現していくフェーズに入ります。ですが、それがまた大変なものになるのではないかと思います。

 

各病院の経営はそれぞれですが、客観的なデータで課題が示された以上は、何らかの変革をしていく気になりますよね。

一方、「この地域では将来ベッドの数が過剰になることが確実なので、お宅のベッドをつぶしてください」と言われても経営への影響もありますし、言うは易しで難しい問題です。

 

今後どうなるか注視が必要ですが、今まで長く指摘がされてきた医療機関の間の役割分担・連携という課題が、データに基づく改革でどのように進んでいくのか、気になりますね。

こども保険について考えてみた

最近のニュースで、「こども保険」をつくってはどうか?というものを聞きました。

これまた、以前ブログ記事(小泉進次郎議員の提言、健康ゴールド免許の可能性 - 若者による社会保障のブログ)にしましたが、小泉進次郎さんを中心とした会合からの提言らしいです。

 

少子高齢化が進展する中、これからを担う若い世代への支援ということで打ち出された「こども保険」について、少し真面目に考えてみたいなと思います。

 

まず、提案されている、こども保険とはいかなるものでしょうか。

(原文はこちら)

fumiaki-kobayashi.jp

 

簡単にポイントをまとめると、以下のような感じです。

 

・年金とか医療の保険料に少しだけ上乗せして(月々160円くらい)保険料を確保

・そしたら財源規模は3400億円。それで就学前の児童全員に月々5000円支給!さらには待機児童解消にもつなげる。

・さらに医療や介護の費用を抑え、その分こども保険の保険料に回せば、1.7兆円の規模になる。そうしたら月々2.5万円を支給できる!保育園や幼稚園の平均的な費用は1~3万円くらいなので実質的に無償化。

 

結構、最近知り合いからよく保育園に入れないとか聞きますし、訳もわけらず毎月結構な額の保険料が年金とかに取られる身としては、なかなかいい提案なのではないかと思います。

 

ここで、少し「こども保険」について少し真面目に考えてみたいと思います。

 

みなさん、まず「保険」とはどのようなものか少し考えてみてください。

保険というのは、何か困った時に備えて、予めみんなで保険料を納めておいて、リスクをシェアしておこう、という仕組みですよね。

 

それでは、「こども保険」というのは何のリスクに備えるのでしょうか。

 

① こどもが出来ると保育料が沢山かかって生活費が苦しくなるリスク

② こどもが出来ても保育園に入れなくて職場に戻れなくなるリスク

 

というのが考えられますね。

 

さて、上記のリスクに備える「こども保険」ですが、誰が保険料を払うのでしょうか。

 

保険料は「こんなことが自分の身に起きたら困るなぁ」という人が予め皆で払っておくものですね。そのため、上記のリスクを抱えている人が払うことになります。

 

高齢者はどうでしょう。高齢者はこどもを持つことがあまりなさそうなので、保険料は支払う必要はなさそうですね。

 

次に、若い世代。結婚した新婚夫婦とかであればリスクはありますよね。なので保険料を払う必要があります。

 

では、「俺は生涯独身を貫いて絶対こどもを持つことなんてないぞ!」と強い覚悟がある人はどうでしょうか。この人が少額とはいえ保険料を支払う必要があるのでしょうか。 

ちょっと悩ましいのですが、

「あなた、今そう言っていますけど、本当に好きな人が出来て、子どもをもちたくなるかもしれませんよ。明日運命の人と出会うかもしれませんよ。明日運命の人が現れることが絶対ないと言い切れるんですか!!」

と言えば、しぶしぶですが、何とか保険料を払ってくれる気がします。

 

では、身体的な理由で、子どもを持てない人はどうでしょうか。

こういう人はこどもを持つというリスクはないので保険料を払う必要はないですよね。本当はこどもが欲しいのに・・という人から更に保険料までとったらダブルパンチな気がします。

 

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さて、今までのことを踏まえると、こども保険は以下のような制度設計になるのかなと思います。

 

・保険料を支払うのはこどもを持つ可能性がある世代。(20~50歳くらい?)

高齢者は参加しない。

・身体的な理由で子どもを持てないひとは参加しない。

 

ここで、子どもが少ないと社会全体の活力がなくなる。そのため高齢者にも保険料を求めよ!という指摘もあるかと思います。

ですが、やはり自分個人が子どもをもって給付が支給されない確率があまりにも低いとさすがに保険料を支払う気がしませんよね、なので難しいと思います。

 

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さて長くなってきましたので、こども保険の課題について触れて終わりたいと思います。

 

私が課題であると思うのは、ずばり、保険料の未納です。

 

例えば20歳から50歳の人に保険料を納めてもらうこととした場合、40歳くらいの人はもしかしたら「もう俺子ども持つ予定もないから保険料納めるのやめよう」と思うかもしれません。

 

保険料未納者の発生です。

 

そんなやつは放っておきたいのですが、実は放っておけません。

逆選択」という言葉を知っていますか?経済学で出てくる話ですよね。

 

経済学ではレモン市場の話という例があります。

レモンというのは質の悪い中古車のことを言います。

 

例え話ですが、中古車市場の中には、しっかり動く車とレモンがあるとしましょう。

 

そこで車がレモンか否かを知ることができない買い手がくるとします。

⇒買い手は一定確率でレモンがあることを知っているので、しっかり動く車の適正価格より低い額の価格を売り手に提示します。

⇒しっかり動く車を売ろうとしている人は、適正価格より安価では売りたくないので、市場から撤退します。

⇒その結果、市場にはレモンしか残らない、というわけです。

 

保険制度も一緒で、仮に保険料を納めないという人を無視してしまうと、以下のようなことが起こります。

40歳くらいの一部の人が保険料を納めなくなる

⇒ 抜けた人の分の保険料が足りなくなるので、他の人の保険料が上がる

⇒ 保険料が高くなって、保険料を納めなくなる人が増える

⇒ 以下、繰り返し。最後はハイリスク者しかいなくなり保険料も高騰する・・。

 

なのでこれを避けるためには、絶対に保険料を納めてもらう必要があるわけです。

 

「こども保険」って特に50歳とかになると保険料を納めるインセンティブが低くなりますよね。

そのため、ペナルティを設けて

・保険料を払わなかった分だけ将来年金がもらえなくする、

・罰金を払わせる

とかする必要があるのではないかと思います。

 

ちなみに介護保険では保険料の未納の期間があれば、その期間分、保険の給付のクオリティを落とすというペナルティを設けていますよ。

 

また、今まで触れてきませんでしたが、正直「こどもを持つこと」を保険事故とするのは少し無理がある気がします。

 

保険事故は、病気・けが・介護など偶然起こるものですよね。

他にも火事や地震保険というのも想像してみてください。

 

そうすると、やっぱりこどもを持つことって保険事故っぽくないんですよね。

多くの人は子どもが欲しいという意志をもって子どもを持つはずですよね。

 

保険というものは将来何が起こるか分からないリスクに備えるものなのですが、「子どもを持つこと」って、やっぱり個々人の意思に基づくもので、予見可能性があるので、やはり、「こども保険」は保険制度になじまないのかなぁと思います。

 

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小泉進次郎さんらの問題意識は、税か保険の財源調達能力は、日本では保険の方が高く、消費税の引き上げも延期になって、財源のあてにならないから、保険という概念を持ち込んでみたらどうか、というご提案だったかと思います。

 

保険制度の筋からいくとやっぱり「こども保険」というのは難しいのかな、と思うのですが、問題意識は分かるのでなんとかならんかなぁと思ってしまいますよね。

 

以前、介護保険でも同様の話をしたことがあるので、お時間がある方は是非こちらの記事もチェックしてみてください。

 

ginoway.hatenadiary.jp

介護離職ゼロとは。。(一億総活躍社会)

 今回は、一年前くらいによくニュースにも取り上げられていました、「一億総活躍社会」について取り上げたいと思います。

 

ニュースの移り変わりは早いもので、そもそも何だっけ?という方も多いのではないでしょうか。新しいものを打ち出した際は結構な話題になりますが、一旦打ち出されてひと段落したら、人間忘れるものですね。

 

一億総活躍の前は、地方創生が盛り上がっていましたよね。今年は働き方改革、というのが目玉なのでしょうか。。

いずれも今の社会に必要なものを重点的にプラン作りをして、取り組むわけですね。

 

さて、一昨年の秋に、現政権の「新三本の矢」が打ち出されました。それは、

① 希望を生み出す強い経済(GDP600兆円)

② 夢を紡ぐ子育て支援(希望出生率1.8)

③ 安心につながる社会保障(介護離職ゼロ)

の3つでした。この三本の矢を具体化するのが、一億総活躍社会のプランです。

 

子育てや社会保障も充実すれば、消費が喚起され、労働市場への参入も進む、その結果経済もよくなり、その成長の果実が子育てや将来の不安の解消につながる・・・という循環を生み出していく、という関係性にあるようですね。

 

一億総活躍とは、政府の資料によると、

少子高齢化という日本の構造的な問題について、正面から取り組むことで歯止めをかけ、50年後も人口1億人を維持
● 一人ひとりの日本人、誰もが、家庭で、職場で、地域で、生きがいを持って、充実した生活を送ることができること

とのことです。

 

日本の人口は減少局面であり、毎年数十万人ずつ減っています。それを食い止めるということ。日本の出生率は2005年に1.26で最低になってから、少し持ち直して、今は1.4くらいです。これを2020年に1.6、2030年に1.8、2040年に2.1となると、ちょうど、人口を一億人をキープできるそうです。

 

海外に目を向けると、フランスでは子育てへの支援が厚くしたことで、出生率を1.7から2まで持ち直しています。このように、社会政策で回復してきた例があるんですね。

 

少しそれますが、フランスなどでは、女性が結婚する年齢より、第一子をもつ年齢の方が低いです。

日本では、結婚し、子どもに恵まれる、という何となくの順序が社会的にあるので、驚いてしまいますよね。シングルマザーであっても、それなりに生活をしていけるということで、保育や、手当が充実していることや、文化的な考え方が、出生率の回復につながっているのですね。

 

ちなみに希望出生率についてですが、日本の若年層への調査によると、結婚した場合にほしい子どもの数が、2.1人くらいであります。

そこから、結婚願望がない人もいることを考慮して、「みんなの結婚願望が叶い、望むくらいの子どもがもてたら、出生率はこれくらいになる」という数字を国の目標にしているようです。

 

さて、前置きが長くなりましたが、当ブログは社会保障のブログですので、この一億総活躍のうち、社会保障の関係で、特に介護離職ゼロ、というものを取り上げたいと思います。

 

介護離職とは、親の介護をしなければならないため、仕事をやめてしまうことです。

 

介護は昔は家族が行うのが一般的でしたが、今は高齢者も長生きですし、子どもも少ないし、男性女性ともに働くのが普通ですので、「介護の社会化」が進められてきました。すなわち、家族が介護をするのではなく、社会全体で高齢者の介護をしよう、ということです。

 

そのために、2000年には介護保険もでき、みんなが保険料を払う仕組みを作って、介護事業者も増やして供給も確保してきたのですが、なお親の介護が原因で離職される方もいるので、それをなくそう、ということですね。

 

具体的な取組としては、以下のようなことを進めています。

 

①サービスの供給を増やす

よく、待機児童ではないですが、施設に入れる順番を待っている高齢者がいると聞いたことはないでしょうか。特養という老人ホームには順番待ちの人が全国で10万人くらいいるそうです。介護サービスの供給が追い付いていないため、結局家族が介護しないといけない、という状況をなくすため、整備費を補助するなどで、それを増やします。

 

②介護職員を確保を進める

今、高齢者がどんどん増える中、介護を仕事にする職員さんは足りていません。それには他の職種と比べて給料が低いという理由がありましたので、月々1万円くらいお給料が増えるように、介護サービス事業者に支払うサービス価格を増やしました。

他にも、介護職を目指す人への奨学金を充実させたり、一旦、介護の仕事を離れた人が再就職しやすいよう準備金の仕組みを用意したりします。

 

③介護休業がとりやすく

20代くらいの若い人にとってはあまりなじみがないものかもしれませんが、介護休業というものがあります。これは、親が介護になった場合、手続やら何やらのため休めるという制度です。法律を改正して、休んだ時にもらえる金額を増やしたり、半日だけ介護休業できるようにしたり、、ということをしています。

 

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以上つらつらと書いてしまいました。

社会保障はあくまでも社会のサブシステムであって、価値を作り出し、富を生み出し、お給料で皆に分配される、労働市場のメインシステムを支えるものです。

 

介護離職ゼロは、サブシステムを補強し、メインシステムを下支えするものなのだと思います。

働き盛りの世代が介護のため仕事をやめるって、ちょっと避けたいものですよね。

 

でも併せて考えたいのは、

若者のための介護離職ゼロといいつつ、高齢者への給付が結局のところ増える政策であることですね。

 

かつて19世紀のイギリスでスピーナムランド法というものがありました。

これは、働いても基本生活費(パンの価格から算出)まで達しない人には、足りない分を補てんしてあげる、という制度だったのですが、その結果、どうせ賃金を払わなくても埋め合わせがくるので、企業が給料を下げたり、労働者の勤労意欲を下げたりして、失敗に終わりました。

サブシステムの存在感が大きくなりすぎると、肝心なメインシステムに悪影響を及ぼす、そんな例かと思います。

 

形はちょっと違っていますが、今の日本もサブシステムの存在が大きくなりすぎているのではないかと思います。

法律の条文・・・見るだけで眠くなるもの

久々の投稿となってしまいました。

 

今回の記事では、社会保障に限らないのですが、「法律の書かれ方」ということを取り上げたいと思います。

 

税制、国防、社会保障・・などなど、国の基本的な事項は、法律で決められています。例えば、消費税を10%に引き上げる時期については、

 

社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律、という法律(消費税の引き上げを決めている法律)の附則第1条で、この法律が施行(実行に移されること)されるのは、「平成31年10月1日」であると明記されています。

 

このように、多くの人が喧々諤々議論して決められた制度の多くのものは、最終的に法律で明文化されることになります。

 

今回は、その法律の書き方がどうなっているのか、ということを少し記事にしたいと思います。

 

まず、法律のイメージってどのようなものでしょうか。

分かりにくい・・・ですよね。はっきりいって分かりにくいと思います。

 

なぜそうなるかというと、法律を書き下すにあたって、

①誰が読んでも一義的に意味が捉えられること

②可能な限り短いこと

といったものが作成者の信条としてあるからかと思います。

 

まず、①「誰が読んでも一義的に意味が捉えられること」ということについて考えてみたいと思います。

 

例えば、

「太郎君は、綺麗な花子さんの花に水をあげた」

という文章があるとします。

 

これでは、「綺麗な」のは「花子さん」なのか、「花子さんの花」なのか、

修飾関係が分かりませんよね。

 

なので、

「太郎君は、綺麗な、花子さんの花に水をあげた」

としないといけません(綺麗なのは、花)。 

 

また、次の文章で、

「太郎君は、たか子さんの花に水をあげた」

とあるとします。

 

ここでは前と比べて、「綺麗な」という修飾語がないので、

「花子さんの花は綺麗だけど、たか子さんの花は綺麗ではない」

ということが分かります。

 

もし、この文章を作成した人が、両方とも同じくらいの綺麗さであると考えているのであれば、この表現は適切ではありません。

 

このように、一つ一つのワーディングにこだわって法律は書かれるのですが、逆にその分、長くなります。

 

また、②「可能な限り短いこと」、というのは、

 

これは「短いほど美しい」というような意識がなんとなくあるようで、これは職人芸みたいなもの思います。

法律が出来たら、官報という政府が発行する印刷物に全文を載せるのですが、昔は紙がもったいないという意識から、出来る限り短くした方がいい、ということになっていたようです。

今もその名残があるのですが、逆に読みにくくなっているのではないかと思います。

 

ここでは例示として、残業時間規制の関係の「サブロク協定」に関連する条文を見てみたいと思います。(眠くなるので飛ばして下さってもいいです。)。

 

労働基準法

(時間外及び休日の労働)
第36条  使用者は、・・・労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし・・・た場合においては、第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。・・

 

ここでは、「前条の休日」とか書かれていますね。

「休日に関する協定」だけだと何のことか分かりませんが、「前条の休日に関する協定」としてくれれば、なるほど、前条(第35条ですね。)に書いてあるやつか、と特定できるので、意味が紛れがなくなるというわけです。

 

また、この条文では、「(以下この条において「労働時間」という。)」と、略称規定も置かれていますね。これは略称規定を置くことで、条文が短くなるテクニックです。

 

さて、そんな法律が、どのような過程で作成されているかを紹介したいと思います。

 

① 役所の事務方が原案を作成

② 内閣法制局でチェック

③ 時の政権が閣議で決定

④ 国会で審議し、成立

 

以前③・④に関連した記事は書いたことがあるので(以下のリンクです)、

制度改正はどのようにして行われるのか - 若者による社会保障のブログ

 

今回は、①・②について少し説明したいと思います。

 

①原案の作成作業

 

これは特に法律家とか弁護士資格がある人が書いているわけではなく、役所の普通の人間(理系の人が書くこともあります。)が作成します。

法律の書き方には様々なルールがありますが、それに則っていれば、誰が書いても構いません。

 

最近、花粉症がやばいのですが、「人前でくしゃみをしてはならない」、という法律を新しく作ってみるとしましょう。すると、

 

◎くしゃみ禁止法

第1条 国民は、公共の場でくしゃみをしてはならない。

 

となります。ですが、病院やクリニックには、花粉症の人もくるので、そこは免除してあげるとすると、、、

 

◎くしゃみ禁止法

第1条 国民は、公共の場(病院及び診療所を除く。)でくしゃみをしてはならない。

 

となりますね。

 

このとき、「病院と診療所」と言わず、「病院及び診療所」といいます。

これは法律を書くときの決まりです。

また、「クリニック」という用語は、他の法律にも出てこないので使えません。

 

厳密にいうと、「病院」とは、医療法上に定義があって、「医師又は歯科医師が、公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業を行う場所であつて、二十人以上の患者を入院させるための施設を有するもの」です。「診療所」は、入院施設がなかったり、ベッド数が19人以下のことですね。

 

さらに、罰金もかけるとすると、

 

◎くしゃみ禁止法

第1条 国民は、次に掲げる場合を除き、公共の場(病院及び診療所を除く。)でくしゃみをしてはならない。

第2条 前条の規定に違反して、くしゃみをした者は、10万円以下の罰金に処する。

 

この時、第2条では、「第1条の規定」とはせず、「前条の規定」という言葉を使います。

「第1条」というと3文字ですが、「前条」と言えば2文字になって、文章が短くなるから、という意味だと思います。

 

こんな感じで、他の法律で同じような用例がないか、一般的な法律のルールに抵触していないか、確認しながら原案を作成していくのですね。

 

② 内閣法制局でチェック

 

このようにして、作成された原案は、内閣法制局という法律をチェックする役所が審査し、様々な角度で検討され、洗練されます。

日本の法律は全て内閣法制局が法的に問題ないかチェックしています。そのため、法制局長官が、憲法の解釈についても国会で答弁していたりしますね。

 

くしゃみ禁止法の例でいうと、以下のような指摘が大量に浴びせられます。

 

・人の生理現象を規制する過去の例は他にあるのか。「おなら」は禁止しないのに、「くしゃみ」を禁止する合理性はなにか。

・罰金は10万円が妥当なのか、他の制度では10万円とか30万円とかあるぞ。

・法律の形式は、新法をつくるということでいいのか。既存の法律で、「おなら禁止法」というものがあれば、それを改正して、「くしゃみ及びおなら禁止法」とすればよいのではないか。

 

等々です。これがしっかりと一つ一つ課題をつぶしてより洗練させていくわけですね。

 

このように、法律の文言一つ一つが精査された成果物が、法律になるわけです。

 

逆に言うと、法律の書きぶり一つ一つに、どうしてこう書かれているかの合理的な理由があるのですね。

 

このような仕組みを知って、少しでも法律に抵抗感がなくなればいいなと思います。

オバマケアとは何だったのか 

最近、アメリカのトランプ新大統領のニュースばかりですね。通商政策や移民政策にも注目が集まっているところですが、個人的にトランプ大統領の登場によって社会保障政策はどうなるんのか、、というのが気になります。

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(写真はwikipediaより。)

 

トランプ大統領は、前のオバマ大統領が実現したオバマケア(正式にはAffordable Care Actといいます。)に対して反対・あるいは見直すべしという立場にいるようです。

 

ということで今回は、そもそもアメリカの医療保険の歴史やオバマケアってなんだったのか、、ということについて記事にしたいと思います。

 

その前に日本の医療保険の中身をざっと確認すると、

国民全員が公的な医療保険制度に入っている国民皆保険が達成されていますよね。

しかも、皆さん保険証一枚あれば、どの医療機関にでもかかれるし(フリーアクセスといいます。)、

さらに、受けたサービスが一緒であれば、その値段も一緒ですよね。例えば、高齢者でも子どもでも、生活困窮者でも、初診料は同じですよね。

 

これは、日本では、医療保険は国による制度管理がされ、窓口での患者さんが支払うのはかかった費用の3割とか決められていたり、全国一律に診療報酬や薬の値段も決められているからです。

 

一方のアメリカがどうなっているかというと、そういうわけでもないようです。

アメリカには高齢者や低所得者は違いますが、多くの人は公的な医療保険ではなく、民間の医療保険に加入しています。

 

民間の医療保険となると、それぞれ、保険を出してあげる範囲が異なっていたり、その民間の保険会社と契約している医療機関で治療を受けないと、保険がおりない、ということになります。

 

げげっと思いますが、これにはいい面もあって、個人が自分にとって一番納得がいくような保険を選択できるということです。保険料をどれくらい払って、その対価としてどれくらいのサービスが受けられるか・・健康な生活を送っているのでれば、高い保険料を払ってまで、めちゃくちゃ充実した保険に入る必要なんてありませんよね。

 

ただ、民間保険であれば、病歴がある人は再発リスク化があるので、保険料を高めに設定されたり、そもそも保険に入るのを拒否したりすることだってあります。病気になるリスクがある人ばかりになると、保険の給付費が膨れ上がって、保険会社も儲からなくなっちゃうからです。

 

オバマケアは、2010年に成立したものですが、その内容は、雇い主に被用者に対して民間保険を提供することを義務付け(従わなかったら罰金)、自営業などの個人に対しても民間医療保険に加入することを義務付け(従わなかったら罰金)を行いました。

 

ですが、お金がなくて入れない人もいますので、そういう人に対しては、税制面での優遇をすることで負担を減らしたり、連邦政府や州政府がそのような人でも入れる医療保険を紹介するような仕組みをつくっています。

 

また、民間の医療保険にも、その人の健康度合で保険に加入することを拒否することをできなくしたり、患者さんの自己負担額が過大なものにならないようにさせたりする規制を強化しています。

 

このようにして、オバマケアは、民間保険が主体のアメリカの医療保険制度を維持しつつ、それに国民が加入しなければいけないよ、ということにしたということですね。

 

ですが、そもそもなんでアメリカでは、日本とかと違って、民間の医療保険が主流なのでしょうか。

 

アメリカでも過去何度も政府が制度管理をする医療保険制度をつくろう、という試みがあり、F・ルーズベルトトルーマンといった民主党が主導権をもつ時代にもされたこともありました。

ですがその際、患者と医師の間に国家が介入すること(例えばどの診療に何円の保険が下りることを決めること)とは何事だ!、自由の国アメリカでそんなことはあってはいけない!、といったように反対を受け、頓挫してきた経緯があるそうです。

 

特にアメリカという国は、イギリスから逃れてきた人たちがつくり、自由や平等、民主主義、という理念に基づき憲法が制定され、その理念を国民のよりどころにしているという建国の歴史あります。

そうすると、国家による自由への介入ということについて、抵抗感がある人も少なくないそうです。それは、各州の自治権が強い分権制にも表れていますよね。

 

そういう背景により、国による医療保険制度の管理というのは拒否され、個人の契約や判断に基づく民間保険が発達してきたというわけです。

 

オバマケアは、このような流れを踏襲しつつ、民間保険中心のアメリカの医療保険の在り方は変えず、それをベースとして、みんなが医療保険の枠組みに入ることを目指したものと位置付けになるということですね。皆保険は過去何度もトライしてきた民主党の悲願でもありました(日本やヨーロッパとは違い、国が制度運営するものにはなりませんでしたが・・)。

 

一方、財政赤字が増えるとか、保険料の上昇が止まらないとか、医師が書く必要がある書類が増えたとか、、、批判もでてきており、しかもオバマケア法は、共和党の賛成を得ずに押しとおしたという議会プロセスもあるので、今回トランプ大統領が就任したことで、何らかの修正が今後されていくの必至かと思います。

(国による皆保険を目指してきたのは、一貫してリベラル派・民主党でした。)

 

日本では高度経済成長期に国民皆保険が達成され、しかもその後、一部の都道府県で行われていた高齢者の医療費の無料化を全国実施するということをやったりと、医療保険を充実してきた歩みはアメリカとは対照的ですね。国家による自由への介入、ということはやはり日本ではあまりフィーチャーされないのは国民性の違いなのかと思います。

 

以前、ライフネット生命の会長の出口さんの講演を聞いた時、彼は「ものごとを理解するのは縦と横」という旨のことを言っていました。縦は時間(歴史)、横は面(地理的比較)ですね。そのような意識で今後も勉強としていきたいですね。

広がる健康経営~人を大事に会社に注目が集まっています

これまで、国の制度をよく記事にしていましたが、今回は、企業の取組について記事に挑戦したいと思います。

 

最近、よくニュースで「健康経営」という言葉を聞いたことはありませんか。

 

企業が快適なワーキングスペースをつくったり、従業員さんの健康管理をしっかりして健康な人が増えると、一人ひとりの生産性も増えますよね。早く帰れる人が増えますよね(残業時間が長い、ということが社会的に取り上げられていますし)。

そして、ひいては生産性も上がりますよね。

 

健康経営とは、そうした経営をすることです。

 

最近「○○会社がスマホで自分の健康管理ができるシステムを導入」みたいな記事をよく見かけますよね。こういう取組も健康経営の一つだと思います。


例えば、有名商社の一つに伊藤忠商事があります。分かりやすいのでとりあげますが、伊藤忠では「朝活」を進めているらしく、

・朝食サービス(企業側が朝食を用意してくれる!)
・原則8時以降は残業しない!(やるなら朝仕事を!)

といった感じで、不摂生だった従業員さんの健康度をアップさせています。確かに朝早く職場に来ると頭もクリアで集中できますよね(深夜の集中力の低さたるや・・)。

 

それが要因かどうかはよく分かりませんが、商社の中でも業績好調ですよね。ちょっと雇用される側としては、従業員を大事にしてくれることについては、うらやましいですね。

 

他にも、花王とか、ローソンとか、健康経営に力を入れています。ローソンでは、今もやっているのかわかりませんが、健康診断を受けないとボーナスカットもしていたそうです。

 

経産省は、証券取引所とも連携して、このような企業を「健康経営銘柄」として毎年25社くらい公表しており、上記の3社もこれに入っています。

ここであるのは、大企業ばかりですが、今後は、中小企業の取組についてもすそ野を広げて、表彰とかもしていくそうです。(どうやら、今月にこの2018年版が公表されるらしいです。)

 

この狙いは、健康経営銘柄だ!、とプレミアム感が出れば、市場での企業価値もあがりますし、そこに注目して投資する人も増えるかもしれない、ということ思います。

実際、企業の健康経営を評価して、日本政策投資銀行が融資を行ったというニュースも最近ありました。

 

最近ESG投資(environment,social,governance)というか、これからは財務諸表だけじゃなく、社会貢献とか諸々も含めて評価し、投資するんだ、ということが注目されていますが、そのような流れにもあっているのではないかと思います。

 

大企業だと、それぞれ健康保険組合を運営していますよね。大企業にお勤めの方の保険証には、「○○健康保険組合」とか、自分の会社の名前が書かれていると思います。それは、企業の規模が大きいと企業ごとにそれぞれ健康保険を運営しているからです。

 

一方、中小規模のところだったりすると、複数の企業が集まったり、全国組織の健保に入ったりして、「○○総合健康組合」とか、「全国健康保険協会」とか、になっていると思います。

※自営業とかの人は、お住まいの国民健康保険に入っているかと思います。

 

健康保険組合は、平たくいうと、従業員から保険料を集めて、お金をプールしておいて、病気になった人がいたら、その人にお金を支給する、という業務をやっています。

 

具体的には、従業員さんが風邪とかを引くと、病院や診療所から、健康保険組合にお金の請求書がきて、それをチェックして支払う、ということになります。

また、健康保険組合は、その加入者に対して、40歳以上の人にメタボ健診を実施する義務もあります。

 

そこでミソなのですが、その請求書(レセプトと言います)には、その人の病名や行った治療、投与したお薬とかが書かれています。

正確に記載しないと、病院側がどんな治療をしたか和解らず、お金も払えませんので当たり前ですよね。

 

すると、健康保険組合にデータがたまります。これは電子化されています。すると、この従業員さんは、○○という病気で、▲▲という治療を受けて、◇◇という薬をもらったらしい、ということが健康保険組合が把握できます。

また、健診も実施していますので、この従業員さんの血圧・血糖値・脂質・喫煙歴etc、などが分かります。これも電子化されています。

 

そうすると、ビッグデータみたいになものができます。このご時世ですので、ビッグデータは分析されます、そのデータを分析することで、組合に加入している人たちの健康課題が分かることになります。

 

それが大企業ですと、その人事部門と健康組合が連携することで、その企業の健康課題とか、ちょっとハイリスクな人が分かって、ハイリスクの人を狙い撃ちする、ということができるのですね。こういうのをデータヘルスとかいったりします。

 

特に若年層で多いのは、生活習慣病(メタボとか)とメンタルヘルスです。最近ストレスチェック制度も導入されましたし、このようなデータが蓄積されて、効果的に従業員の健康管理に取り組む企業が増えるといいですね。

 

また、同時にみんなが健康になれば、その分、医療費がかからないので、保険料が上がるのを抑えられるので、給料から天引きされる保険料も安くなるかもしれません(実際、高齢者の医療費にもってかれている額も結構あるので簡単なことではないかと思いますが)。

 

このような良いことずくめの健康経営ですが、とか、データヘルスという取組が進むには、特に経営者のやる気というのも大きいのかな、と思います。

例えば、企業ですと、上司から、「おい、健診受けろよ!」と言われたら、なんか従わないといけない気がしますよね。

 

伊藤忠の社長も東洋経済のネット記事によるとライザップに通っているそうですし、こういう経営者が増えていってほしいと思います。

75歳までが若者。いつかはそんな時代がくるかも

最近ちまたをにぎあわせていたニュースに、今、65歳以上となっている高齢者の定義を見直してはどうか!、、、というニュースがありましたね。

 

日本老年医学会という団体が以下のように定義を改めてはどうか、という提案しているそうです。

https://jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/pdf/definition_01.pdf

 

65~75歳 准高齢

75~90歳 高齢

90歳~   超高齢

 

今は、高齢者の定義としては、一般には、以下のとおりになっています。

 

65歳~75歳  前期高齢

75歳~     後期高齢者

 

年金がもらえるようになるのは、65歳から、また、介護保険のサービスが広く受けられるようになるのは、65歳から・・・

など、今の社会保障制度はこの65歳以上という高齢者の定義を前提として仕組まれています。

 

後期高齢者」、というネーミングは、2008年に医療保険の大きな制度改正が行われた際に話題になりました。

医療保険の制度の枠組みとして、後期高齢者医療制度というものをつくったのですが、この「後期」というワーディングがネガティブなイメージがあり、また、負担が増えてしまうという人ことも相まって大騒ぎになったそうです。

なのでこの制度のことを、たまに「長寿」医療制度、とかいう人がいるのもこの名残な気がします。

 

さて、65歳は若い、ということについては、確かに。と個人的には思っています。しょうもないと思うかもしれませんが、65歳以上の有名人をググってみましたら、以下のようにヒットしました。

 

桃井かおりさん  65歳

ビートたけしさん 70歳

麻生太郎さん 76歳

黒柳徹子さん 83歳

 

なかなか第一線で活躍されている方も沢山いるんですよね(勿論健康に気を遣っていると思いますが・・・)

 

日本の平均寿命は、男性は80歳くらい、女性は85歳くらいですが、健康寿命という言葉を聞いたことがありますでしょうか。

これは、「健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間」ということが定義となるそうですが、男性は71歳、女性は76歳だというそうです。そのため、65歳くらいだとやはり健康な人はやはり多いのではと思います。

 

また、一人当たりの医療費については、

65~70歳 年間45万円

75~80歳 年間80万円

1人当たりですので、結構な差がありますね。

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/nenrei_h26.pdf

 

また、要介護認定率(これは、介護が必要だと認められる割合です)についてですが、

65~70歳 2%

75~80歳 14%

80~85歳 30%

・・・意外と認定率って低いんですね。

 

やはり、「高齢者」といっても、そのグラデーションというのは確かにあって、これを見直そう、という提案は分からなくもないと考えます。

 

ただし、このような議論で「やはり年金の支給の開始年齢を今65歳になっているのを75歳に引き上げよう」ということにはならないのですね。

 

実は、今の年金の仕組みですと、基本は65歳からもらえるということになっていますが、本当は60歳から70歳までの間で支給開始年齢を選ぶことができます。

 

例えば、60歳から支給を開始するとしたら、その人の年金は65歳から支給を開始した場合よりも30%引きの額になります。逆に70歳から支給を開始するとしたら、40%増しくらいになるのですね。

 

なので、今も70歳からもらえるようになっている中、「年金の支給開始年齢を引き上げるべし」というのはナンセンスな提案なのですね。

 

いつから支給開始をするかは個人のライフスタイルに応じて選べることになっていまるのを、「60歳から75歳の間で選べるようにする」ということなら、今後あり得るかもしれません。